
80年代に角川映画の諸作品で独得な画面を作り上げた名キャメラマン。
松竹京都撮影所の撮影助手を皮切りに、大島渚の「
新宿泥棒日記」で独り立ち。
以降はATG映画やドキュメンタリーなど幅広く活躍し、78年、「
最も危険な遊戯」で多くの観客を魅了した。
「
誘拐」で木村大作撮影監督の応援を買って出て、助監督達と一緒に木村氏とずっと話し込んでいたと言う。
木村氏と言えば同じようなライバルだったが…助監督、柳島氏の証言。
「大作さんのライバルは仙元さんじゃないかもしれないですね。仙元さんがいつも言っていたのは、
「大ちゃんはいっぱい賞を獲ってるけど、あいつは弟子を育ててない。」でも、仙元さんの場合は反面教師的なところもありますね(笑)。
僕らはこれをやったらまずいぞということに接して、学んで成長していったわけです。」((笑)
by おミズのハルヲ
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- 2022/10/24(月) 12:00:00|
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