
ウチの子供達が通った浦和東中学の校歌は、古関 裕而先生が作られた。入学式の日にそれを知った時、思わずピーナッツの「
モスラの歌」が口から出てしまった。それから「
東京オリンピックマーチ」も頭の中で鳴っていた。スバラシイ。
音楽は独学で勉強した。市販の楽譜を買って、おもちゃの卓上ピアノを弾きながら山田耕筰の「作曲法」という本を読んで作曲を続けた。自分の作った曲をコロムビアレコードに送ったら「専属にならないか」という話が来て、そのままこの世界に…
「私は音楽活動を始めてから、ピアノは勿論、一切の楽器を作曲の場で使ったっことはない。いつも五線紙とペンだけである。
辞書を引きながら文章を書いたのでは、小説はできないと思う。それと同じではないか。テーマや詩を前にして、その情景を浮かべる。すると、音楽がどんどん頭の中から湧いてくる。私はそれを五線紙に書きとる。私は独自性を常に意識しているのではない。
自然にそうなっているのである。五線紙に向かうと、いつも新しい音楽がとび出して来る。時には、フッと消えることもある。
しかし5分ほど休むと、また音が踊り出して来る。私を音楽一筋に歩ませたものは、これだったのかもしれない。」
by 昨日貫之
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- 2020/02/17(月) 12:00:00|
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